棒杭や 四街道の 冬木立
12月19日(土)

棒杭や 四街道の 冬木立

正岡 子規の句碑が四街道駅前広場に建てられています

古くから人が集落を作り暮らしたこの街から古墳時代の品々が沢山掘り出されています

石棺の蓋に使われた石は筑波山の石で石岡の恋瀬川を下って運ばれたものと

土浦の桜川を下り双方とも香取の海を船で渡り運ばれたものらしい

二十三年前に初めて四街道を訪れて街中を走りながら目にしたものは

ふるさと茨城牛久で当たり前の様に目にしていた落花生の殻を積み上げたボッチでした

十八歳の11月末に茨城牛久を出て忘れ掛けていた光景が目の前に広がってる

聞いたら落花生は
四街道から八街に広がり利根川渡り茨城に向かったと言われました

茨城牛久は落花生の産地で子供時分から ボッチを見ながら育ちました

見知らぬ街から一転して愛着を持つ街に見方を変えた瞬間でした

ふるさと茨城からその四街道の市の花のサクラソウの苗を運んで一大拠点を造り上げる事が出来て

実家の庭にもサクラソウが広がり母親を喜ばせています

四街道で手に入れた カレー造りは茨城つくばに残す事が出来ました

古墳時代四街道とつくばは香取の海で繋がっていた古の 繋がり再び 手繰り寄せて
| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 08:30 | - | trackbacks(0) | -
ラストサムライの舞台にサクラソウの苗を
今週半ばに千葉県稲毛区の事務局にサクラソウの苗が届きました

福島県南相馬市のらとも農園広畑さん達が育てたサクラソウ三世の苗です

昨日は利根川渡り
茨城牛久のかっぱ本舗村松さんに1ケース届けました

1ケースを花見川区作新台のパンジー農家斎藤さんに預けました

残り1ケースをどこに届けるのが一番相応しいか考える

パッと閃いたのが、 昨年も苗を送った兵庫県姫路市の大学の同級生のお寺です

同じ東洋大学の附属高校出身で
大学時代は泊まりに行ったり来たりしてましたが


五年前だかに
テレビの画面に現れた時には目を疑いました

兵庫県姫路市の田舎のお寺が実家だとは聞いていたが

まさかラストサムライの舞台になった書写山円行寺が実家だなんて

昨年三十数年振りに都内で同級生を交えて再会を果たして

サクラソウの苗を昨年から送りお寺に植えて貰う事になりました

花は咲き方は選べるが
花を咲かす場所は選べない

それならば南相馬市で大事に育てられ
希望の花言葉を伝える役目を全うしている

この苗に相応しい檜舞台に送り出してやろう

のらとも農園の送り状を剥がして
小高の復興を目指す印刷物を付けて

ラストサムライの舞台のお寺に送り出してやろう

明日には姫路市に到着します

昨日もサクラソウバカと言われたが

バカにはなってもバクにはならない


バカを貫いて行けばサクラソウロードは全国に広がる

またひとつ希望のストーリーが生まれました
| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 14:15 | - | trackbacks(0) | -
希望は強く願えば必ず叶う
福島県南相馬市のらとも農園広畑さんからサクラソウの苗が届きました

残り1ケースを兵庫県姫路市の同級生に今日送ります

同じ東洋大学の附属姫路高校出身で今は家業のお寺を継いでいます

附属牛久高校出身で こっちも二代目を継ぐ為に修行を重ねたんだが

酒は好きだが酔っ払いが大嫌いでお水の二代目は継がずに外食産業戦国時代に身を投じた

中学高校時代に病気を患い
三人で成人式を迎えられたら一杯飲もう
約束してた二人に二十歳前に逝かれ
東洋大学時代に姫路の同級生ともう一人親友が出来たが

事故で同級生を失ってしまいました
そいつらの分まで頑張ろう

走りに走った外食産業戦国時代は
自分が背負った血の宿命から逃れる為だったのか

五十年しか生きる事が出来ない
その五十寸前に店と車と携帯までも失って

生き長らえた時に出会ったのが
希望の花言葉を持つ 四街道市の花サクラソウでした

ふるさと牛久を高校三年生の11月25日に片道切符を握り締めて出てから

あと3日後に41年目を迎えますが
こうして生き長らえて

41年前に目にした 赤い鉛筆で線が引かれた部分の実践活動を続けてる

今日に希望をもとう 明日に希望をもとう
自分なりに言葉を付け加えた

希望は強く願えば必ず叶う

41年前の予言だったのか
| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 12:02 | - | trackbacks(0) | -
希望(ムクロジ)の里復活プロジェクト
希望(ムクロジ)の里復活プロジェクト

四街道には里山が残り
メダカやザリガニが生息していました

その水源が汚れて
ある日を境にメダカやザリガニが姿を消しました

取り囲む田んぼは荒れに荒れて
かつての面影はなくなり
セイタカワダチ草が生い茂っています

子供の無病息災を願うムクロジの大きな木が有ることから

ムクロジの里

そう名付けられたこの場所が現在復活を 願い改修作業が行われています

完全に復旧するまで あと何年掛かるのか 先は見えませんが

一歩一歩前に進んでいます

希望の花言葉を持つ 四街道の市の花サクラソウを植えたら

希望は強く願えば必ず叶う
その言葉通りにムクロジの里の復活が叶う日が必ず来る

そんな願いを込めて 種が採れて増やす事が出来るサクラソウを植える事になりました

毎年毎年苗を植えて ムクロジの里を希望の花で埋め尽くしたい

その中をメダカが元気に泳ぐ姿を再び見せてくれたなら

そんな願いを込めて 希望(ムクロジ)の里プロジェクトを立ち上げました

サクラソウロードプロジェクト運営委員会代表 小坂 昌彦
副代表 平金 博文

最高顧問 楠岡 厳
地主


| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 11:26 | - | trackbacks(0) | -
サクラソウロードプロジェクト
サクラソウロードプロジェクト体制を整えて前進します

昨年8月12日に
サクラソウ親父岡林会長が急性心筋梗塞の為に突然旅立ちました

千葉 茨城 被災地福島県南相馬市小高を人の繋がりを造り上げて復興に向かう為に事業を立ち上げたい

会長自身も小高が
五年間の避難勧告期間が解けたら移住を宣言していました

自分に託されたのは シンボルとなる希望の花言葉を持つサクラソウの生産拠点造りと

地域を繋いで共有出来るものを造り上げる事でした

茨城県阿見町四国造園さんの種が採れて増やせるサクラソウの苗を持ち込み 南相馬市のらとも農園さんが地元での生産を担う事に結び付きました

広畑さんの育てた
サクラソウの苗を千葉 茨城で集めた協賛金で譲り受けます

その苗を南相馬市に植えて更に広がることを期待する

苗を現地生産して
現地の収入にして頂く事は活動支援に繋がります

活動拠点に苗の生産拠点も合わせて造り上げるのは外食産業のセントラルキッチンの仕組みです

活動の要となる生産拠点を造り上げる事は店舗展開をスムーズに進めます

小僧寿し時代に身に付けたこのノウハウが希望の花言葉を持つサクラソウの展開に活かせます 他に身に付けたノウハウを南相馬市小高地域の復興に活かせれば

他の地域でも街を元気にする活動の背中を押す為に活かせれば

亡くなったサクラソウ親父の願いを実現させてやりたい

週末の南相馬市行きを前にして
改めて決意を固めています

やっと体制が整いました
後は前進有るのみです

サクラソウロードプロジェクト運営委員会
代表 小坂 昌彦 副代表平金 博文

| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 07:37 | - | trackbacks(0) | -
未来予想図が現実になっても
10月10日(土)

小学校二年生の時に 東京オリンピックを見た記憶が残っています

東洋の魔女と呼ばれた
女子バレーチームが金メダルを取ったシーンが鮮やかに焼き付いている

あれから半世紀を生きて来て
SF漫画で胸をワクワクさせながら見ていたものが

身の回りに現実のものとなっている
携帯電話を半世紀前のSF漫画の中で見ていた

矢沢永吉がテレビの CMで乗ってる自動運転の車もSF漫画の中に登場していた

夢物語が現実のものになってるのに
人の気持ちの不安定さは増している

昨日は翼の折れたエンジェルをイメージ させられる方に出逢ったが

人と人の絡みの中で こんなに擦り切れた人が何故増えてるのだろうか

| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 12:15 | - | trackbacks(0) | -
継続よりも習慣化
きなこと一緒など一日のスタートを切るのが日課になっています
毎日一時間一気書きでオリジナルの言葉のメニューを造り上げます

きなこがピッタリくっ付いて寝てる姿を見つめながら

パソコン画面を見ながら携帯できなこ日記を書いて行く

パソコンでメールを送る時には携帯からパソコンに送りそれを転送する

携帯を包丁替わりにして
九年半で書きためた ブログのストックは かなり有ります

引用なしの全てが
オリジナル文章のブログ書きはオリジナルレシピ作りとイコールします

毎日メニューを用意して
お客さんの来店を待つ気分を味わっています

メニューを作り終えると関心事は次のメニューに移るのは習性みたいで変わりません

お口に合いますか

と聞いた事は有ったが

おいしいですか?

聞いた事は一度もありません

一度自分の手を離れたメニューは
お客さんのものなんですね

年に何回かカレーを何百人分か造りますが
殆ど味見はしません
描いたイメージを設計書代わりにメニューを具体化して行くだけです

11月1日千葉県四街道市の徳州会病院のイベントで何年振りだろう

地元でカレーを造ります
| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 07:24 | - | trackbacks(0) | -
サクラソウロードプロジェクト新たな展開
10月3日(土)

自分に無い資質の人とどれだけ出会えるか

凸凹の文字の様に
自分の凸を活かして 凹の部分を補う人に繋がれるか

昨日夕方から夜8時過ぎまで
サクラソウロードプロジェクトの相方の
千葉ロジスティックス平金さんと新しいfacebookページ作りとホームページの手直し作業を行いました
サクラソウ親父岡林会長が昨年度に突然亡くなり
完成しかけていたホームページが使えなくなりました

故人の想いに敬意を表して一年間はそのままにする事に決めましたが

自分に足らない資質を持った相方との出会いで次のステップに進む事に決めました

四年前に茨城に通う様になった際に
亡くなった岡林会長からサクラソウの生産拠点を作る事を依頼されて

ふるさと牛久のお隣の阿見町で種から苗を育て続けて来た四国造園さんの苗に出会う

同じ阿見町の芹田園芸さんからイベントの収益の協賛金を頂く事になり

サクラソウロードプロジェクトを立ち上げました

その芹田園芸さんも 生産協力者になって頂きました

福島県南相馬市小高でも
のらとも農園広畑さんが生産を引き受けてくれて

千葉市花見川区作新台の自宅から歩いて3分のパンジー農家の斎藤さんもサクラソウを育ててくれています

希望の花言葉を持つ サクラソウを旗印にして
ちばらきと福島県南相馬市を繋いで事業展開を行う

サクラソウ親父の願いを叶える為に動き出します

工場を造り店舗展開を行って行く
この仕組みを今に活かすタイミングが訪れました

サクラソウは一の矢です

| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 07:27 | - | trackbacks(0) | -
人を繋ぐには
言葉のやり取りにしてもですが
様々なやり取りなどにしても

逆の立場だったら

それを考えながら言葉を発して
それをわきまえながら人と接する

当たり前の事なんだろうが
それが出来ないんだろうか

そんな事を気にもしないんだろうか
ほんのちょっとの気配りが足らずに落とし穴にハマる

落ちるなよ
落ちるんじゃないよ 言っては来たが気にしてないのかな

落ちた後は
自分の力で這い上がるだけですね

ロープを切りますか人と人との関わりを持ったり
逆に持とうとしても持てなかったり

そんな場面で感じるのは
人の縁の持つ力の強さ弱さになります

片方が強く引き寄せ様としても
片方にその意志が薄ければ引き寄せられない

自分の力を幾ら強く込めたところで
磁石と砂鉄じゃないが
吸い付く意志が無ければパラパラと零れ落ちる

そこで諦めてしまい 磁力を弱めてしまえば更に縁は薄れて行ってしまう

常にに人の想いと
人と人との縁を繋ぎ合わせる磁力を鍛え続けないと

| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 08:46 | - | trackbacks(0) | -
木更津発ジャクソンフライドチキン
9月17日(木)

雨の音を聞きながら 何時も通りに言葉並べメニューを一気書きします

昨日夕方本田直前会長から
木更津に向かっていると聞いた瞬間

二十代の記憶が鮮やかに蘇りました
木更津発ジャクソンフライドチキンに勤務しながら

ケンタッキーフライドチキンに追いつき追い越せの夢を抱いていました

昨夜ジャクソンフライドチキンで検索してみたら

ファンの熱い想いが次から次に伝わって来ました

記憶に残る味を造り続けてたのか、
振り返った先に有ったもの

自分の役割は人の胸の中に味のメモリーを刻むなのか

フライドチキンから 小僧寿しに移り火を付けたのが
節分縁起巻きの原型になったもの

そして再び四街道に戻り
カレーや小坂商店の 味を四街道で復活させる

フライドチキンと
カレーは相性抜群の組合せでして

両方復活させて
コラボさせたら最強のカレーメニューになるのか

11月1日の四街道徳州会病院のイベントでW復活させてみようか

アメリカ製のフライヤーが必要ですが
使いこなした感触が蘇りました

華氏350度で7分 30秒
神奈川県大和ジャスコ店のフライヤーの 揚げ時間

三十年経っても忘れないものですね
| 小坂商店 | ◆ 四街道サクラソウ物語 ◆ | 14:07 | - | trackbacks(0) | -